海外大学博士課程への進学を放棄した理由

修士課程への留学を決めた当時は Ph.D. までエディンバラで取得する予定だったのですが,昨年の12月頃色々悩んだ結果,「留学は修士まで,進むにしても博士は日本」と決めました。ただ,この決断が正しかったのか否かはまだ分かりませんし,僕の状況にしか当てはまらないことも多いと思いますし,海外の博士課程に進学して幸せな人も沢山いると思いますので,参考程度に留めて頂けると幸いです。

結論から言うと,海外大学博士課程への進学を放棄したのは,とりたててメリットを感じなかったためです。以下,よく言われる海外進学のメリットを挙げ,コメントする形で進めたいと思います。

 

  • 英語力が高まる

海外にいるだけで英語に触れる機会が多くなるのは事実ですが,日本でもそういう機会を確保することは可能です。大事なのは英語圏の国に住むことではなく英語を使う機会を多く持つことです。例えば語学交換のような形で英語力を高めることは日本でも十分可能だと思います。

問題は,英語で議論するような能力を身に付けるのは語学交換では難しい,ということですが,僕の場合は東大のゼミにおいて英語で議論がされているという事実があり,問題ないかなと思いました。また,議論の英語は,割とどんな内容が来るか予想が付くので,雑談の英語より簡単だと個人的には思います。

 

  •  お金がかからない

アメリカの大学には潤沢な奨学金を出してくれるところがあります。僕もロチェスター大学の4年制の博士課程(奨学金で授業料・生活費が実質無料)に応募するか否か散々迷いました。イギリスの大学にはそのような制度は珍しいと思いますが(イギリスの大学は概して本国・EU出身者以外に対して厳しい),今受給している日本学生支援機構の奨学金を使えばエディンバラの授業料と生活費はカバーできる見込みがありました。従って,海外の博士課程で進学すればお金がかからないというのは自分の場合も当てはまりました。

とはいえ,お金という面では日本の大学にも日本学生支援機構が提供している無利子奨学金の返済免除制度(全額または半額)がありますし,また僕の場合は父の退職に伴って授業料免除制度(全額または半額)を利用できる見込みがありました。結局,良く考えてみると海外に進学しようと日本に進学しようと大差なかったのです。

 

  • 研究者としての就職に有利

海外大学の Ph.D. という「箔」が研究者としての就職にどのように作用するかは分かりませんが,そのためだけに三年間を費やすのは馬鹿げていると思いました。そして「箔」のようなものが多少作用するとしても,やはり研究者としての就職においては論文の質と量が中心的な問題になると思うので,海外に居るのと同程度の業績を日本で挙げることができれば問題はないはずです。そして,以下に述べるような理由で,少なくとも自分の分野に関しては問題ないだろうという結論に至りました。

まず,設備次第で行える研究が大きく異なる自然科学系分野とは違い,僕の分野にはたいして場所による制限はなく,基本的には論文にアクセスできる場所と時間があれば研究はできます。たしかに研究の中心地では未公開の論文などを入手できますが,基本的な情報源はやはり発表された論文です。指導教官・同僚による違いもあるとは思いますが,結局は自分で論文を読み,実験し,論文を書くわけで,重要なのは自分の能力です。*1

このようなことを考えた結果,少なくとも自分の分野の場合,日本に居ても,海外に居るのと同程度の業績を挙げることは可能であり,従って,研究者としての就職においても大して不利益はないだろう,という結論になったというわけです。

 

このように日本と海外を比較した結果,海外進学にとりたててメリットを感じなかったため,ならば友人や恋人のいる日本にいる方が自分にとって幸せだろうと判断し,海外進学を放棄しました。この選択が正しかったのか否かは分かりませんが,少なくとも十分考えた上での判断なので,将来的な後悔は小さいのではないかと思います。進路に関しては研究者を目指す可能性も残してはいますが,就職も視野に入れて今後は行動したいと思っています。どうなるにせよ幸せに生活できれば良いなと思います。*2

 

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*1:また,海外の有名大学の学生が押し並べて優秀という訳ではないです。エディンバラ大学は世界大学ランキングでは東大より上(2015年:世界21位)であり,言語学では世界3位(2015年:世界3位)ですが,正直なところ学生の基礎学力に関しては東大生の方が上だと感じます。

*2:ちなみに,ここで述べたことは修士には当てはまりません。例えばエディンバラ大学の場合は,博士には授業はありませんが修士には沢山あります。従って,修士では授業を通じて沢山の分野の論文を読むことになります。特に,その分野が日本で盛んでない場合,日本では授業が少ないはずなので,研究の中心地で授業を受ける(というか授業を受けることを通じて強制的に勉強させられる)ことには大きなメリットがあるのではないかと思います。