なぜ絶望するのか - 抑鬱が進化した理由

人生に意味がないと感じることがあります。嫌なところばかり目に入り, 悲しいことばかり思い出すことがあります。何も楽しそうに思えず, 何をする気も起きないことがあります。自分は役に立たない人間で, 自分がいない方が皆幸せになると思うことがあります。

このような状態を抑鬱(depression)と言います。

抑鬱が生じるのには進化的な理由があり, その理解が抑鬱を抜け出す第一歩となります。以下, その理由をわかりやすく説明します。この記事で行う説明は「抑鬱の社会的リスク仮説」に依拠しており, 以下の論文を参照しています。

Allen N & Badcock P. 2003. The social risk hypothesis of depressed mood: evolutionary, psychosocial, and neurological perspectives.

社会的地位の要求にはリスクが伴う

人間が進化を遂げた時代, 人間は集団で生活していました。一方, 集団における食料・配偶者などのリソースは希少でした。そのため, 人間は, 自分が集団に与えるリソースの大小に応じて, 集団内のリソースにアクセスする権利を要求するようになりました。

この権利を社会的地位(social status)と言います。例えば「支配者」「実力者」は権力(agency)の次元, 「配偶者」「友人」は協力(affiliation)の次元における地位であり, 各々, 特定のリソース(食料・身体の保護 etc)にアクセスする権利を意味します。

社会的地位の付与はリソースの付与を意味するため, その集団に負荷がかかります。そのため集団は, 大きなリソースを与える個人に限り社会的地位を与え, 自分が与えるリソース以上の社会的地位を要求をする個人は集団から排斥するようになりました。

ここで, ある人の存在により増加するリソースの大きさをその人の社会的価値(social value), 減少するリソースの大きさをその人の社会的負荷(social burden)と定義します。このとき, 個人は自分の社会的価値に応じて集団に社会的負荷を与え, 集団は社会的価値を超えた社会的負荷を与える個人を排斥するように進化した, と言えます。

この結果, 社会的地位の要求には 1. 適切な要求によりリソース獲得に成功する可能性と, 2. 過大な要求によりリソース獲得に失敗し, 排斥が生じる可能性, が伴うようになりました。この社会的リスク(social risk)を上手にとることが進化的な課題となったのです。 

リスクテイクの方針を自尊心が調整する 

社会的地位の獲得を目指し, 同時に排斥を避けるためには, 社会的価値 / 社会的負荷の値*1を監視し, この値が高いとき社会的リスクテイクを促進し, 低いとき抑制するのが合理的です。社会的価値が高く社会的負荷が低いほど, リスクテイクは有利なためです。

このような方針調整を実現するのが自尊心です*2

自尊心は社会的価値 / 社会的負荷のメーターとして機能します。実際, 自尊心が高いとき人は「自分がいる方が皆幸せだろう」「自分は価値のある・役に立つ人間だ」と感じ, 低いとき「自分がいない方が皆幸せだろう」「自分は価値のない・役に立たない人間だ」と感じます。この感覚は社会的価値 / 社会的負荷の反映と言えます。

また, 社会的価値 / 社会的負荷の高さを示唆する証拠により自尊心は高まり, 低さを示唆する証拠により自尊心は低下します。証拠として重要なのが, 過去の社会的地位の獲得・喪失です。例えば, 権力次元における獲得として成功・勝利, 喪失として失敗・敗北があり, 協力次元における獲得として承認・受容, 喪失として拒絶・排斥があります。

成功・勝利・承認・受容により自尊心が高くなると, 社会的リスクテイクを促進するような認知的変化が生じます。一方で, 失敗・敗北・拒絶・排斥により自尊心が低くなると, 社会的リスクテイクを抑制するような認知的変化が生じます。

この後者の認知的変化が「抑鬱」なのです。

リスクテイクの抑制を抑鬱が実現する

社会的リスクテイクを抑制するには, 以下の認知的変化が必要です。

リスクテイクに成功する確率を過小評価・失敗する確率を過大評価する

リスクテイクに成功する喜びを過小評価・失敗する痛みを過大評価する

この変化は全て抑鬱システムの作動により実現します。

何も良いところがない

まず, 人間はリスクテイクの成功確率を自分の社会的価値 / 社会的負荷の大きさにより判断します。そして, この値は個人の存在により増加するリソースの大きさと減少するリソースの大きさにより決まります。そのため, リスクテイクの抑制を目標とする抑鬱システムは, リソースの保持・獲得の認識を抑制し, 欠落・喪失の認識を促進します。

悲しいことばかり目に入り, 嬉しいことは目に入らなくなるのはそのためです。例えば, 権力次元における欠落として能力の低さ, 協力次元における欠落として魅力の低さに焦点が当たります。逆に, 意識しないと自分の良いところには気付けなくなります。

何も良かったことがない

また, 人間は出来事の確率判断に利用可能性ヒューリティック(availability heuristic)を用います。つまり, 同じような出来事を思い出すのが易しいほど確率が高いと判断し, 難しいほど低いと判断します。そのため, リスクテイクの抑制を目標とする抑鬱システムは, 過去の地位獲得の想起を抑制し, 地位喪失の想起を促進します。

悲しかったことばかり思い出し, 嬉しかったことは思い出せなくなるのはそのためです。例えば, 権力次元の喪失として失敗・敗北, 協力次元の喪失として拒絶・排斥を思い出します。逆に, 意識しないと成功・勝利・承認・受容などは思い出せなくなります。

何をしても意味がない

通常, 人間はコントロール幻想(Illusion of control)を有し, 自分がものごとをコントロールする能力を過大評価します。この幻想により, 人は困難な課題において諦めずに努力することができます。一方, リスクテイクの抑制を目標とする抑鬱システムは, このコントロール幻想を低下させます。抑鬱的リアリズム(depressive realism)と言います。

一生この状態から抜け出すことはできない, もう二度とチャンスは巡ってこない, と感じるのはそのためです。自分の人生を自分で変えよう, チャンスを掴もう, と思えなくなります。運命・環境に対する無力を感じ, 諦めが生じ, 努力を放棄してしまいます。

何もやりたいことがない

リスクテイクの抑制には, リスクテイクに成功する喜びを過小評価・失敗する痛みを過大評価する必要があります。この変化も抑鬱システムが実現します。

人間には, 報酬を得ようとする欲求動機(appetitive motivation)と, 罰を避けようとする嫌悪動機(aversive motivation)があります。ある報酬に対する欲求動機が大きいほどその喜びは大きく, ある罰に対する嫌悪動機が大きいほどその痛みは大きくなります。

そのため, 抑鬱システムは, 欲求動機を低め, 嫌悪動機を高めることで, リスクテイクに成功する喜びを過小評価・失敗する痛みを過大評価させ, リスクテイクを抑制します。

楽しそう・面白そうと思えることがなくなり, 悲しい未来ばかり想像するようになるのはそのためです。何をする気も起きず, 人生には意味がないと感じるようになります。場合によっては, 食欲・性欲など一般的な欲求の低下が生じます。

 

まとめると, 失敗・敗北・拒絶・排斥による自尊心の低下で抑鬱システムが作動し, 社会的リスクテイクの抑制を目標とする様々な認知的変化が生じる結果,「自分の人生には悲しいことしかないが, 自分にはどうすることもできない」という絶望が生じるのです。

このような絶望から幸せになる方法を, 次回以降の記事で書きます。

 

合わせて読みたい

*1:論文の著者はこの値を社会的投資能力(Social Investment Potential: SIP)と呼んでいます。

*2:自尊心は以前, 以下の記事でソシオメーター理論を紹介したとき登場しました。この論文の著者もソシオメーター理論を踏まえています。

yuji-log.hatenablog.com